PTSD
先に記述した『不安症を治す』 大野裕 著 幻冬舎新書 にも「PTSD」の記述がある。
PTSD(Post Traumatic Stress Disorders)外傷後ストレス障害は、危機的な出来事を自分が体験したり、目撃したり、家族や親しい人が遭遇したりすることで、それが精神的な外傷(トラウマ)になって起きる病気。
苦しんでいる人は読んでみると良いと思う。
ただし、PTSDに対しては、別の書籍で、以下のような意見もある。
PTSDの本格的なデビュー・・・・・大阪教育大学付属池田小学校・・・・・・惨劇を間近で見た児童は当然のように大きなショックを受け、夜もうなされた。大人の怒鳴り声だけですくんで震えだす児童の話もあった。
絵にかいたようなPTSDだとテレビは勝手に診断し、児童の心のケアが叫ばれ、現場の校舎は壊され、建て替えられた。過剰反応だと思ったが、そんな指摘はなかった。驚いたことに眠れないのは児童だけではなく、学校の先生も父兄も、隣近所のおばさんまで心のケアを求めていると伝えられた。
JR西日本の福知山線事故ではもっとPTSDが大安売りされた。事故に巻き込まれた乗客がうまく社会に適合できなくなったと言い出した。なぜなら自分が助かったのは誰かが身代わりになってくれたから、他人の犠牲のうえで生きている自分をどうしても責めてしまう、と。深い心の傷を言い立てる。
列車が突っ込んだ集合住宅の住人たちも心に傷を負ったという。多くの人が死んだところでもう生活はできない、と。
無関係そうな通行人も、事故を思い出して息苦しくなってもう以前の生活に戻れなくなったと訴える。
あの線路に隣接する騒音付き集合住宅の人たちが明快にいう。もっといいところに、もっと広いところに替われば、心の痛手も治りそうだ、と。
ちなみにPTSDは「何も科学的根拠もなく」最近の米裁判所も民事訴訟でPTSDが出てくると門前払いだ。
高山正之 著 『歪曲報道』 より抜粋
自分自身の心身に対し危機的な状況が襲ったことによって、その後もPTSDで苦しむということは悲しいこと。
危機的な状況を脱した後も、その状況の心境に捕らわれて、強い恐怖・戦慄を感じて生きていかねばならないとは辛いだろう。
目撃した人までがPTSDに捕らわれてしまうのは、どうしたものだろう。
想像力が豊かすぎるのかというと、そうではない。
社会には、さまざまな不幸なニュース・戦慄すべき事件が報道されている。
そうした事象に対し、まったく想像力が働かず、感情を抱くことができずにいる人達だからこそ、身近で目撃しただけでPTSDになってしまうのではないか?
普段、世界各地で勃発する内戦に巻き込まれる市民の姿や、地雷被害に遭う子ども達、飢餓で死んでいく人達のニュースを、どぉいう気持ちで見ているのか?
接する全てのニュースに対し、PTSDを負ってしまっているのかもしれないが・・・・・。
衝撃的な事象に接して短期的(1ヶ月間)ほど「急性ストレス障害(Acute Stress Disorder)」が引き起こされることはあるだろう。
しかし、目撃談をもってしてPTSDにまで進展させ、補償を引き出そうと画策するのは、強引すぎると思う。
PTSDで苦しむ人は不幸であり、適切な治療を受診し、改善してもらうことを願う。
しかし、それにカコツケて、目撃しただけでPTSDを言い立てる人がいるから、「心の傷」に対する世間の誤解が助長されてしまう。
それが腹立たしい。
テーマ : PTSD - ジャンル : 心と身体



このブログは勉強になるな〜
トラウマは貴方の心の中に棲んでいる。