100万人のキャンドルナイト
2008/06/29 (日) カテゴリー/トレンドの話題
難しいことは、よく理解できない・・・・・
「1000000人のキャンドルナイト in四日市 すわ公園」に、長男と親子仲良く行ってみた。

チャッカマンを手渡された長男は、生真面目にキャンドルに火を点けて回っているものの、小雨が降る中、ロウソクの芯が立っていないものもけっこうあって、なかなか大変であるようだ。←瓶の中でロウソクの炎がチロチロしている写真。
7時を過ぎても、まだまだ灯ってないキャンドル多数であるために、いつしか私もチャッカマンを手渡され、指示いただくまま、火を点けまくる。
4111本のキャンドルの灯りとのこと・・・・・・
とてもではないが、そんな数はない。
全然不足している。
不審に思い訊ねると、
「商店街の照明の数も入れてます」
とのことで、細かい数を標榜するわりには、アバウトな現実でもあるようだ。
4111本とは、何に基づく数かというと、四日市の「4」と、四日市市制111周年記念事業の「111」を組み合わせたとのこと。
そんな意味を持たせたのなら、なおさら4111本に拘るべきのような気がするが、皆さんボランティアであられるようなので、大変であったのだろう。

これが何を目的としたイベントであったのかは、理解できぬままに、親子で100本以上のキャンドルに火を点けまくって、全面的に参加してしまった。
これは「スローライフ」を提唱しているものなのなのか?
電気の消費を減らし、二酸化炭素の排出量を減らそうと呼びかけているのか?
「癒し」とか、そういうイメージを具現化したものなのか?
電気の消費を一時的にでも減らせば発電設備や消費機器からも多少は出る二酸化炭素などの温室効果ガスの現象は見られるかもしれないが、電気を消して「キャンドルの灯り」など自然の灯りを提唱しているのだから、これらも延焼することにより、しっかりと二酸化炭素を排出しているような気がするので、よくわからない。
キャンドルに火を灯すのに忙しくて、そのような質問をする暇がなかった。
なにかエコっぽいコトをやっているよぉな気がせんでもないが、そぉでなかったのかもしれず、いったい何をしているのだろう?・・・・・・と思いながら着火マシーンと化しており、長男は夢中で火を点けまくっていた。
小学生にとって、ロウソクに火を点けるという作業は、たまらなく楽しい様子であった。
ようやく火を灯しきって・・・・・というより、思っているより少ない数なので、火を点けるのは大した作業でもなかったのだが、アーケード街の一部の照明が消され、キャンドルの灯りに酔う・・・・・って、公園南面正面のピンサロのBigな看板照明がコウコウと灯り、なんとも中途半端な気分。
なんとかピンサロの協力も得るべきであった。
して、会場では Evening glow という地元のアーチストを歌を歌ってい始めた。
なかなか上手な歌であった。
←キャンドルの灯りと Evening glowさんの歌を聞きながら、雨よけの藤棚下のベンチで、お二人だけの世界を形成中。小さな炎の揺らめきと Evening glowさんのお歌の効果、そして小雨というシュチュエーションが野性の本能のスイッチをONしてしまったよぉで、ふと振り返れば、チューなんか始めちゃてたりして、もぉ何がなんだか、わけわからないままであった。
ロマンチック感が醸し出される演出であるのは確かだった。
非常に人力を要求するイベントであるということがわかった。
また、恋人同士ならともかく、親子の関係ではキャンドルの炎の揺らめきに酔うよぉな気分にはならない。
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4111本には拘るべき!
そうですね。キャンドルライトとピンサロのネオンとのコラボなんてなかなか見れるものではないので、それはそれで面白い!かもしれません。イヴェントにはアバウトは付き物ですが、モンテさんの仰るようにキャンドルの4111本にはぜひ、拘るべきですね!
親子で「着火マシーン」になったとのことですが、エコ&カップルへの奉仕で「足長おじさん」っぽい感じがGOOD!です。
ピッピ。 | URL | 2008/06/29 (日) 15:58
ピッピ。殿
4111本は、やってもらいたかったですけど、天候も悪かったので仕方がなかったのかもしれません。ロウソクを作るボランティアの人が集まらなかったのかもしれないです。
早めにいって協力してあげれば良かったです。
さて、カップルの動きには、親子共々、興味津々だったです。
チューまでいっちゃたので、うちの長男は大喜び。
キャンドルナイトの印象より、目の前で男女がチューを交してしているシーンを目撃したことの方が、心に強く残ったようでした。
ディープなヤツ
をかましてくれてて、子ども連れの保護者心理としては、複雑な心境でしたが、まぁ面白くもありました。
自宅イベント
「キャンドルナイト」はもともとは各家庭で、語り合う時間を持とうという思いから生まれたイベント。テレビや電灯を消して、ロウソクの灯かりの下で家族で集まってゆっくり話すこと。
キャンドル・ナイツ | URL | 2008/06/30 (月) 18:42 [編集]
キャンドルナイトの意義
キャンドルナイトの元は、カナダでの原子力発電所の建設政策に反対する「自主停電運動」がらヒントを得て、日本式にアレンジを加えたものが発端です。★日頃いかに、照明を使用しているかを実感して、生活の中で温暖化対策を実践する動機付けを与えていく。
★電気を消すからCO2削減になる。
どちらの理由にも無理があることは、地球温暖化対策の難しさをあらわしています。
『動機付け』は反面、我慢を強いられるとの思い込みを招きやすい。
温暖化防止には生活の便利さを我慢することが求められていると勘違いされる危険性がかなり高いからです。
キャンドルナイトなどの主催者や参加者のほとんどは環境問題への意識が高い人たちだから感じないでしょうが、意識の低い人たちにしてみれば
「真っ暗な夜にろうそくの明かりで我慢しなければならないのか・・・」
温暖化防止の活動と、生活の利便性を天秤にかける習性が、知らず知らずと摺りこまれてしまうかも。
また、夜間電力、特に深夜電力のCO2発生は、昼間電力に比べてずっと低い。
1.夜間の主発電源である水力や原子力は環境破壊はすさまじいが、運転によるCO2排出はかなり少ない。
2.夜間電力が抑えられても、火力発電量の削減にはつながらないから排出抑制にならない。
この二点において、夜間のエネルギー消費に重点を置いたライトダウンキャンペーンは温暖化防止の本質からは逸れています。
温暖化防止の必要性を感じていない人たちの共感を呼び、CO2排出源の火力発電施設を縮小するためにライトダウンキャンペーンはほとんど役に立っていません。
環境意識の高い集団やその予備軍の、さらなる意識向上には役立っていると思いますが。
がんばることは大切だと思いますが、がんばった割には成果が上がらない取り組みだと思います。
通りすがり | URL | 2008/06/30 (月) 20:37 [編集]
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キャンドル・ナイツ殿そぉいう意味のイベントであれば、外でキャンドルに火を点けまくっている場合じゃなかったっすね。
別にキャンドルの火の力を借りなくとも、家族とは話できるのですけどね。
でも他人と話をするのは難しいです。
鬱だから・・・・・・
ロウソクを灯しながら話をしたら、怖いかもしれないです。
通りすがり殿
すごい意識が高いですね。
ムード演出や、なんかエコArtなんかな?って思っていちゃ駄目なのですな。
アートちゅうか芸術を目指しているのかなって感じでした。
成果などを求めたり、考えて参加するのとは違う世界であると思いました。
>がんばった割には成果が上がらない取り組み・・・・
って言っちゃえば、身も蓋もないよぉな気がします。
頑張っている人達の姿を見れば、そう思いました。
あんまりメッセージ性を感じないことに好感を持ちました。
よくわからないのですが、政治性や環境イベントであれば、ブログ記事で取り上げる気にもなりません。




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